ナイフ/12012
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君に逢いに行く時はいつも雨が降っている。
今も雷鳴に怯えて慟哭しているんだろう。
ひどい土砂降りだ、こんな夕暮れは君の哀しみを演じているように見えた。
孤独ぼっちの君が剥き出しの果実に手を伸ばしていなければ、いいんだけど。
それは、禁断の果実だから…。
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君は私のことを天女という。
そして「タダイマ」と私のことを真似る。
雨もそうならば、窓際の花も枯れかかっている。
萎れた花に目もくれないで君は何かを探していた。
「爪を探しているの?」
噛まないように切ったことを理解できない姿はまるで気のふれたヴァンパイアのようだった。
新しい花にも目をくれずに君は呻きだす。
放射能のシャワーが降る時、君の中の隠れた鬼が叫ぶんだって。
殺したらキミの元へ行けないのに、君は禁断の果実に噛み付こうとする。
手の成る方へ、行けはしない。
キミが呼ぶ方へ、行けはしない。
妄想に疲れ果てた君をあやして落ちつかせる。
「なにこれ?」
「おやすみのキスよ」
「そんなのいらない」
「眠るためのおまじないだから」
「いらないって!だけど…」
今夜はただ傍にいて欲しい。
そう言って怒るから私はそっとキスをする。
「なんで泣いてるの?」
「いいから眠りなさい」
ベッドの中の君を寝かしつけて私はドアを閉める。
雨はもう止んだ、雷鳴は聞こえない。
なのに、どうしてなの…?
「…まだ起きてるよ」
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I am an agent killer.
気づいてるよ、君はキミじゃない。
いつからだろう、キミじゃなくなったのは。
わからない、だけどもう君は僕の愛したキミじゃないんだ。
君は代理人、僕は君を殺す者。
だから此処にナイフを隠したのさ。
此処は僕だけの秘密の場所だから。
君は知らないでしょう?ねぇ?
冷たいナイフを握りしめながら、君が来る夕暮れまでの時間を数える。
幾年の雨を連れて来て欲しいと願いながら、窓から見る真昼の太陽は僕に牙を剥いて、やがて狂いだした。
それを見た神様が笑う。
そして叫ぶ「 」また笑う「 」嗚呼…。
太陽も神様も全部全部、同じ者なんだ…。
それから僕は路地裏で子猫の死骸を見つけた。
君と重なって放射能のシャワーが降りだす。
僕の中の鬼が叫んだ、「殺しちゃ行けない!」
だけど確かにこの手にある果実に噛み付いてしまう。
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「おやすみのキスはしないで」
「どうして?」
「キスをして眠らせたらどこか行くでしょう?」
「…」
「眠りたくない。眠ったら、もう逢えなくなるから」
「そんなことないよ」
「傍にいて欲しいんだ。せめて灰に成るまで」
私は血なまぐさい君を抱き寄せて頬にキスをした。
君は怒って、私は泣く、そして眠らせてドアを閉める。
ここまでもこれからもいつも通り。
私がドア越しでキミの写真を見つめることも、君がベッドで目をぎらつかせていることだって、変わりはしない。
「まだ起きてるよ。今日も君を殺せなかった…」
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